炎症性腸疾患
炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease: IBD)は、腸の炎症によって引き起こされる広範な疾患の総称でありますが、主に潰瘍性大腸炎とクローン病という2つの疾患を指します。これらの疾患は原因が不明であり、根治療法も確立されていないため、国から難病に指定されています。
これらの疾患は、症状が増強する活動期(再燃期)と、症状が収束する寛解期を繰り返す特徴があります。最近では新薬の開発により、寛解期をできるだけ延長し、発症前とほぼ同様の日常生活を維持することがだいぶ可能になっています。 正確な鑑別診断が治療において重要であり、治療せず放置すると悪化する可能性があります。腸の不快症状が持続する場合は消化器内科の専門医による診断を受け、根気強く治療することが重要です。
潰瘍性大腸炎
原因不明の炎症が大腸粘膜に発生し、粘膜の発赤や浮腫、びらん、潰瘍が生じる疾患です。その際、炎症は典型的には直腸から始まり、次第に結腸全体に広がる傾向があります。ただし、盲腸(虫垂の開口部)は初期の段階から炎症を起こすケースが多いです。初期から症状が強く現れる場合と全く症状のない場合があります。症状がない場合は便潜血検査が陽性で大腸内視鏡を受けるとたまたま見つかるケースがあります。その後、治療を受けると症状が収束し、寛解期が続くこともますし、悪化することもあります。症状のない方で、ごく軽度の潰瘍性大腸炎の場合、生活習慣の指導のみで、薬物治療を行わないこともあります。
寛解期になっても再び活動期(再発期)に戻ってしまったり、またその繰り返しで悪化の一途をたどるケースもあるため、寛解期にも適切な治療や生活習慣の改善を継続することが重要です。
潰瘍性大腸炎の症状
活動期においては、下痢や血便に加え、発熱、持続的な腹痛、けいれん性の腹痛などが症状として現れます。進行すると、体重減少や出血による貧血も発生します。大腸の炎症に伴うこれらの症状に加えて、目の結膜炎、虹彩炎、口内炎、皮膚炎、関節炎などの全身的な症状も発生する場合があります。
潰瘍性大腸炎は通常、比較的浅い部分に炎症が起こり、腸閉塞に至ることはまれです(ただし、後述のクローン病との大きな違いです)。しかし、数年間の寛解期を経て症状が収まった後、再び活動期(再発期)に入る例もあります。また、腸の炎症が持続すると大腸がんのリスクが高まるため、定期的な大腸カメラ検査による経過観察が必要です。特に発症から10年たつと大腸がんのリスクが高まることが知られています。潰瘍性大腸炎から発生する大腸がんは進行が早く、発見しにくいという特徴があります。
潰瘍性大腸炎の原因
最新の研究において、潰瘍性大腸炎の原因としては、環境要因や遺伝的な要因が複雑に絡み合っていること、そして自己免疫が過剰に反応して自身の組織を攻撃する自己免疫反応が関与している可能性が示唆されています。ただし現段階では、決定的な原因は解明されていません。
この疾患は主に20~30歳の比較的若い年齢層で発症する傾向がありますが、さらに下の小児や高齢者にも発症することがあります。炎症を放置すると、直腸から大腸全体に広がる可能性があるため、血便、下痢、腹痛などが持続する場合は消化器内科を必ず受診してください。その上で大腸カメラ検査を受けて診断を確定し、早期に適切な治療を始めることが重要です。潰瘍性大腸炎は難病に指定されているため、病状の重症度に応じて治療費の助成を受けることも可能です(自治体に届け出る医師の意見書が必要となります)。最近では、大腸内視鏡の発展により、ごく軽度の潰瘍性大腸炎も診断可能になってきました。そのため、ごく軽症の潰瘍性大腸炎と診断される患者さんが増えております。血便などの症状がない、ごく軽度の潰瘍性大腸炎の場合、助成が受けられないことがあります。
潰瘍性大腸炎の診断
潰瘍性大腸炎の疑いがある場合、特徴的な病変の有無や炎症の程度を、大腸カメラ検査で直接確認できます。検査では病変部の組織を採取して病理検査を行いますが、これはがんのように確定診断を行うものではなく、いくつかの所見を確認するための検査です。これらの検査結果を総合的に考慮して診断が行われます。炎症の程度や広がりは治療方針を決定する上で重要な情報となります。
大腸カメラ検査について潰瘍性大腸炎の分類
潰瘍性大腸炎は直腸から始まり、小腸に向かって順次広がります。そのため、治療方針を決定する上で病変の範囲を特定することが重要になります。例外的に虫垂開口部(盲腸)には初期の段階から病変を認めることがあります。 潰瘍性大腸炎は3つの主なタイプに分類されます。まず、「直腸炎型」は病変が直腸に限定されるものであり、「左側結腸炎型」は直腸から下行結腸と横行結腸の境界(脾曲部)まで広がります。そして、「全大腸炎型」は病変が直腸からはじまり、脾曲部をこえ、小腸との境界まで及びます。
なお、病状の重症度は排便回数、血便の有無、腹痛、発熱の程度、頻脈の有無などの症状に基づき、「軽症」「中等症」「重症」の3つに分類されます。多くは軽症です。中東小以上は入院しての治療が必要な可能性が高いです。
潰瘍性大腸炎の治療
潰瘍性大腸炎に対する根治療法は未だに確立されていません。現段階では、患者様を可能な限り長く寛解状態に保ち、発症前の日常生活を継続できるようにすることが治療の目標とされています。
活動期(再発期)の強い症状に対しては、「寛解導入療法」が用いられ、症状が落ち着いた寛解期には「寛解維持療法」が用いられます。治療は主に薬物療法が中心で、軽症から中等症の場合には、活動期には抗体産生を抑制し、活性酸素を抑制する5-アミノサリチル酸(5-ASA)製剤が使用されます。商品名はリアルダやアサコールになります。炎症が強い場合はステロイドが併用されることもあります。剤形には飲み薬をはじめ坐薬や注腸薬もあります。
5-ASA製剤は寛解期にも使用され、症状に応じて免疫調節薬、免疫抑制薬、TNF-αを抑制する抗TNF-α受容体拮抗薬、ヤヌスキナーゼ(JAK)を抑制するJAK阻害薬などが使用されることもあります。
治療法には、チューブで体外に取り出した血液成分を、カラムという筒で体内に戻す血液成分除去療法も含まれます。これに加え、薬物療法や他の治療法で効果が不十分である場合や大腸がんが疑われる場合には、外科手術が検討されることもあります。
クローン病
潰瘍性大腸炎と同じく、クローン病も活動期(再発期)と寛解期があり、消化管全体に炎症性のびらんや潰瘍を引き起こします。ただし、クローン病は口から肛門までの消化管全体に炎症を及ぼし、その特徴は不連続でランダムな箇所で炎症が発生する点にあります。 クローン病は一般的に若年層で発症し、20歳前後を頂点に、その後5~10年で発症する傾向があります。潰瘍性大腸炎と同様に原因や治療法が解明されていないため、クローン病も国から難病に指定されています。
一般的には潰瘍性大腸炎よりも炎症の深刻さが顕著であり、特定の食物が症状を悪化させるため、栄養療法が必要な場合もあります。クローン病は潰瘍性大腸炎と明確に区別し、適切な治療を行うことが重要です。
クローン病の症状
クローン病は、消化管全体にかけて不規則に発症する可能性がありますが、好発部位は主に小腸と大腸の接合部周辺です。疾患が発症する部位によって、「小腸型」、「小腸大腸型」、「大腸型」の3つに分類されます。
それぞれのタイプによって異なる症状が現れますが、一般的な症状には腹痛、下痢、発熱、血便や下血、出血に伴う貧血、倦怠感、体重減少などがあります。 潰瘍性大腸炎よりもクローン病は炎症が深く進行しやすく、腸管狭窄、腸閉塞、瘻孔(腸に穴が開いて、腸と腸がつながったり、腸からの穴が皮膚や膣などに開いたりします)、痔瘻、肛門潰瘍などの肛門の疾患も起こりやすくなります。また、クローン病が肛門疾患の結果として発見されることもあります。このほか、虹彩炎、皮膚炎、関節炎などの消化器以外の疾患がクローン病と関連して発生する場合もあります。
クローン病の原因
潰瘍性大腸炎と同じく、クローン病の決定的な原因は明らかになっていません。ただ、最新の研究によれば、遺伝的および環境的要因が組み合わさった結果、免疫系の異常を引き起こし、抗体が自己の細胞を攻撃する自己免疫反応に関与している可能性がわかってきました
クローン病の診断
クローン病は小腸など内視鏡検査が難しい箇所に発症することがあるため、各種の検査が実施されます。初めに、問診や診察によってクローン病の疑いがあれば、血液検査で炎症や貧血の有無を調べ、胃カメラや大腸カメラで粘膜の状態を観察できる範囲で確認します。
また、特徴的な病変が見つかれば、それを組織検査のために採取し、病理診断を実施します。小腸など内視鏡での検査が難しい場合は、カプセル内視鏡を使用するか、腹部超音波検査、MRI検査、CT検査などを行うこともあります。肛門部の病変も独自の特徴があり、肛門周囲膿瘍や痔瘻からもクローン病が発見される場合があります。
クローン病の治療
クローン病には現在、特定の根治療法は存在しません。患者様が発症前と変わらない生活を続けるためには、できるだけ長期にわたり寛解状態を維持することが極めて重要です。 症状が強い活動期(再発期)には、寛解導入療法を用いて迅速に症状を緩和し、その後は寛解期において適切な治療を行い、長期にわたって寛解状態を保つ寛解維持療法が適用されます。治療は主に薬物療法が中心ですが、潰瘍性大腸炎と比較して、クローン病は消化管に大きなダメージを与える傾向があるため、患者様の状態を内視鏡検査などで慎重に観察し、必要に応じて適切な治療を施すことが求められます。
特定の部位の炎症が栄養の吸収を損なうことがあるため、栄養療法も治療計画の重要な要素となります。また、個々の患者様によって引き起こされる可能性のある食品には留意し、自身に適した食事を選択することが必要です。症状の重症度や発症部位に応じては手術が検討されることもあります。
薬物療法
5-アミノサリチル酸製剤(5-ASA製剤)は、自己免疫反応による炎症を様々な機序によって抑制する医薬品であり、その効果は活動期と寛解期の双方で利用されています。また、免疫調節薬も継続して用いられます。
症状が著しく悪化した活動期(再燃期)では、即座に炎症を鎮めるため、ステロイド薬が用いられます。これらの治療が効果的でない場合、TNF-αと呼ばれる腫瘍を攻撃する因子の働きを抑制するために抗TNF-α受容体拮抗薬を用いた治療が行われます。
栄養療法
クローン病は消化管のあらゆる部位で炎症が発生するおそれのある疾患です。栄養療法は患部が広範囲であり、腸管を休ませる必要がある場合や食物による刺激を取り除く必要がある場合に実施されます。
栄養療法には、患者様の状態に合わせて、経口栄養、経腸栄養、または完全中心静脈栄養(点滴)が用いられます。消化が必要な症例では、抗原性が低く脂肪を制限したアミノ酸中心の成分栄養剤や、わずかな蛋白質と脂肪を含む消化態栄養剤などを使い分けます。 栄養療法が必要でない場合でも、症状の悪化や再燃を避けるために食事制限が行われることがあります。
外科治療
消化管が深刻な損傷を受け、穿孔、狭窄、閉塞、瘻孔、膿瘍などの症状が現れる場合は、内視鏡手術や外科手術が状態に応じて検討されます。手術は、生活の質(QOL)を維持するために切除範囲をできるだけ小さくしたり、切除後に形成手術を行ったりすることがあります。
また、クローン病は難病に指定されており、状態により国の医療費助成の対象となることがあります。詳細については、各自治体や難病センター等にご相談ください。